愛する人が亡くなるまでの家族の心境やそのときの様子を描写しています。C型肝炎発病-肝硬変-闘病生活-死-葬儀までの実録です。

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最期の日

母が入院してからまだ2週間もたたない日曜日でした。

母の体はすでに寝返りも一人ではできないほど、腹水もたまり話すらも聞き取りずらい状態になって、見ていて痛々しさも感じられるようになってしまいました。
また看病している身内はというと、私を含め父や姉が毎日仕事を調整しながら昼夜問わず交互に看病していたので、皆言葉ではあまり表しませんでしたが、精神的にも肉体的にも疲れが出てきていたのもこの頃でした。

母は一日一日を生きよう、生きようとがんばっていたので、家族もその姿を見て『お母さん、退院できるようにしっかり直そうね・・・。』と励ましていました。
母は慢性C型肝炎で入退院やインターフェロン治療をしていた頃から、自分の病気と常に向き合い、良い意味で生きることにこだわっていました。 また母の体を誰よりも知り、母の一番の理解者であった担当医師もそのことを痛いほどわかっていたので、母とはまさに二人三脚で慢性C型肝炎と闘ってきました。
しかし母の強い生きようという気持ちも慢性C型肝炎の進行には勝てませんでした・・・。

日曜日の夜11時頃でした。そろそろ寝ようかなと思って寝室に向かおうとしたときでした。
自宅にいた父から連絡があり、『今病院から連絡があって、お母さんが危篤になったからすぐ来るように!』と連絡があったのです。私は電話の着信音がなった瞬間にその予感は察知していました。そして寝ていた家族を起こし『お母さんがもう危ないから一緒に病院へ行くよ!』と話し、すぐに着替えて父を実家に迎えに行き、あわててそのまま一緒に病院へかけつけました。

深夜でしたので、連絡を受けてから約40分後には病室につけました。
そこでの光景はまさにTVドラマでよく見るような、最期の場面でした。
呼吸困難になっている母を担当医師や看護婦さんが取り囲み、『**さん、**さん聞こえますか?』と大きな声で呼びかけています。私たちも同じように『お母さん聞こえる?がんばって!がんばるんだよ!』と声をかけました。その声に母は目をうっすら開けうなずきましたが、それが限界です。会話というレベルはもう厳しい状態でした。

母は昏睡状態にはいりそれから15分後くらいに永眠しました。
私も父もありったけの涙がこぼれ、言葉が出ないほどでしたが、父は母の手を握り『いままでありがとう。もう苦しまなくて良くなったから、ゆっくりやすんでね。』と母に語りかけました。私も一言『お母さん今までありがとう。』と声をかけました。

担当医の先生からは『最期は意識もほとんどなく、痛みもなく亡くなったと思いますよ。』と話されたのがせめてもの救いでした。

« 余命宣告  病院を出るまで »
01 序章 02 慢性C型肝炎とのつきあい
03 いつものこと 04 一度目の入院
05 退院 06 二度目の入院 - 闘病のはじまり -
07 病院からの呼び出し 08 余命宣告
09 最期の日 10 病院を出るまで
11 葬儀打ち合わせ 12 通夜
13 葬儀・初七日 14 火葬
15 葬儀後 16 49日・納骨
17 まとめ
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