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葬儀コラム / 第20回

第20回 お彼岸について

はじめに

お彼岸イコールお墓参りというイメージをお持ちの方が多いと思います。
先祖供養の日として定着しつつあるお彼岸、
そもそもなぜこの時にお墓参りや先祖供養をするのでしょうか。
お彼岸について考えてみたいと思います。

お彼岸の期間について

お彼岸には春季の彼岸と秋季の彼岸があります。
春季の彼岸は春分の日を中日とした前後3日間を合わせた一週間。
同じく秋季の彼岸は秋分の日を中日とした前後3日間です。
また、春分・秋分の日の3日前の事を彼岸の入り、3日後の事を彼岸明けと言われています。
日蓮の「彼岸抄」によると
”それ彼岸とは春秋の時節の七日、信男信女ありて、もし彼の衆善を修して小行をつとむれば、
 生死の此岸より苦界の蒼波をしのぎ、菩提の彼岸に至る時節なり。
 故にこの七日を彼岸となづく。(昭和定本2146頁)”
との記述があるのでお彼岸の期間はこの事に由来していると考えられます。

お彼岸のルーツ

諸説ありますが、
まずはお彼岸の仏事は浄土思想(阿弥陀仏の極楽浄土に往生し成仏する事を説く)に由来しているようです。
浄土思想で信じられている極楽浄土(彼岸)は西方の遥か彼方にあると考えられており、
一方で私たちの迷いや煩悩に満ちたこの世界、此岸(しがん)は東にあるとして、
春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので此岸と彼岸がもっとも通じやすいと考え、
西方に沈む太陽を礼拝し、遥か彼方の極楽浄土へ往生する事を願い思いを馳せるのです。
また、「彼岸」は「日願(ひがん)」から来ているとも言われ、
古来からの太陽・祖霊信仰に、
仏教語の「彼岸」が後から結びついたのだという説(民族学者 五来重)もあります。

お彼岸の歴史

806年(大同元年)、日本で初めて彼岸会が行われました。
この時崇道天皇(早良親王)のために諸国の国分寺の僧に命じて
「七日金剛般若経を読まわしむ」と「日本後紀」に記述されています。
(出典:ウィキペディア)

本来の目的とは

お彼岸の仏事は日本独自の風習で中国やインドなどの海外にこのような習慣はないと言われています。
前述のお彼岸のルーツからも読み取れますように、太陽や自然の恵みに感謝し、
亡き人の供養や先祖を敬いつつ悟りの境地を目指していきましょうという事ではないかと思われます。

まとめ

お彼岸は、日本古来から伝わっていた信仰と仏教の浄土思想が融合したものであると考えられます。
もともとは仏教の法要・行事として習慣化されていないものでしたが、
このようにルーツや歴史をひも解く中で、
先祖を大事にし自然を敬う日本人としてのDNAのようなものが長い歴史の中で培われしっかりと受け継がれている事を感じ取られました。
後世にもこのような習慣が途切れる事なく伝わっていってほしいと願ってやみません。


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