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葬儀コラム / 第37回

第37回 「お清め塩」の歴史と意味合いを考えてみましょう

はじめに

葬儀や通夜に参列すると、お清め用に「塩」をもらいます。
悪いものを家に入れない、不幸を持ち込まないという意味合いを込めて、自宅前で体に振りかけます。
直接自宅へ帰らない場合は、葬儀会場を出た時点で足元に塩を軽くまき、踏んでおくと良いようです。
しかし、この「塩」の習慣、何時ごろからどのようにして行われるようになったのでしょうか。

その1 ~神道から~

元々は神道の考え方が基本にあるといわれ、日本では古くから伝わる習慣の一つです。
神話の中では、イザナギノミコトが海水で体を洗い清めたという記述が残っていて、
神道では海に身を沈め穢れ(けがれ)を落とす事が一般的に行われていたようです。
その習慣が簡素化されて、体に塩をかける事で不幸を追い払うようになった、といわれています。

その2 ~キリスト教から~

「塩」で清める習慣は、日本だけではなく世界にも存在します。
塩には腐敗を防止するという作用があります。
キリスト教の聖書の中に「塩の契約」という言葉が登場します。
友情関係が上手くいくようにと、塩が友情の印として使われています。
また、旧約聖書に出てくる「ソドムとゴモラの滅亡」にも、
決して振りかえってはいけないと言われていたロトの妻がつい振り返ってしまい、
塩の柱になってしまった、と書かれていますが、
これにも悪の街を浄化するためという意味合いが込められていると言われています。

その3 ~原始時代から~

振りかける習慣には、霊の再生を促すため…という説があります。
遡ること原始時代、かつては「故人の灰」が使われていましたが、遺族が灰をかぶる事で、
それが精液などになり再生すると考えられていました。
塩を玄関先などに置く習慣も同様で、灰を家の通路に置き、
女性がまたぐ事で子供が宿ると考えられていました。
いつしか、灰が塩に置き換えられ、意味合いも変わっていったと思われます。

まとめ

かなり浸透している習慣「お清めの塩」ですが、宗教や一部の葬儀会館では配られない事があります。
それは「死を穢れ(けがれ)ているものと考えない」「死=仏になる」と言う思考からで、
したがって、清める必要は無いという理由からのようです。
考え方の違いから、賛否両論になりつつあるお清めの「塩」。
どうやら「塩」をまく事は、参列者本人の意志に委ねられているようです。
因みに、塩が配られなかった場合、市販の塩を用意して体に振りまけば良いようです。


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