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葬儀コラム / 第138回
葬儀今昔~そういえばあの頃はそうだった~

第138回
葬儀今昔~そういえばあの頃はそうだった~

はじめに

葬儀今昔~そういえばあの頃はそうだった~ 昭和中ごろの葬儀と、いまの葬儀のかたちはずいぶんと変わっています。 参列する人数や場所も変わり、担い手も変わってきました。 近所の主婦が集まって、あっという間に鯨幕がはりめぐらされた自宅に驚いた記憶がある方もいらっしゃるでしょう。 冠婚葬祭や年中行事、しきたりは地域や生活に合わせて、変化しています。 どのような変化が起こっているのか、みていきましょう。

寝ずの番

昭和初期はまだ、自宅葬が主流でした。病院で亡くなった場合も、ご遺体は自宅に運ばれます。 町内の世話役や近所の人が、手伝いに来てくれて、葬儀の手配や接客を行っていました。 また、亡くなった当日にお通夜が執り行われました。 お通夜とは、夜通し線香を絶やさないよう、一晩中寝ずの番を行ったことがはじまりといわれます。 もっとも現実的に死を確認する意味もあったようです。そもそも近所の人や、ごく身内で行われていました。 夜通し故人の思い出話を語り合う場でもありました。 また、当日行われるということで、お通夜には平服で参列することも多かったようです。 ブッダが亡くなった時に、弟子たちが集まり、ブッダの教えや思い出を語り合ったことがはじまりといわれています。

葬列

野辺送りをご存知でしょうか。のべおくりと読みます。 葬儀の後、遺骸を火葬場・埋葬地まで運び送ることを言います。 棺を中心に前後に位牌、天蓋、備え膳、水などを持った近親者が続き、先頭には松明を掲げたものが立ち、長い列をなして進む光景を時代劇などで見たことがありませんか。 一例ですが、松明あるいは高張提灯を先頭に、散華という紅白の細かく刻んだ紙をいれた籠が続き、参列の途中、道にふりまかれます。 そのあとに、町内会、村民会の旗や弔旗、花輪が続き、蓮華花(紙製)と続きます。 そのあと、諸供物(枕飯、水桶、香炉、そのほか食物)をもったお膳持ち、衆僧、導師、位牌持ち、天蓋持ち、棺、近親者の女性、一般参列者と続きます。 位牌持ち、飯持ち、水桶持ち、香炉持ち、紙華(しかばな)持ち、天蓋持ちは葬列六役と呼ばれ重要な役割を担います。先頭の松明持ちを含めて葬列七役と呼ぶ地方もあるようです。 位牌持ち、棺を担ぐ人、天蓋持ちの三役は、白の上衣にわらじか草履をはきます。また、喪主は晒し木綿の白衣が多いようです。 今では、こういった葬列を見ることもほとんどなくなりましたが、山間部などの一部地方では見られます。

現代の葬列

現在では、遺族や親族が霊柩車の後ろをマイクロバスなどで連なっていく光景は見られます。 この場合、霊柩車には運転手と喪主、故人と近しい順に連なることが多いようです。 僧侶はほとんどの場合、自家用車で移動されるようになりました。 また、黒の喪服が一般的になりましたね。

まとめ

葬儀はとかく形式的で、決まりが多いように思われるかもしれません。 辿ってみれば、いわれや意味のあることがほとんどです。 故人と最後のお別れをし、蘇生の祈りがかたちになったものです。 離れがたい思いがかたちになった儀式であることを忘れずに、参列してみてはいかがでしょう。


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