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葬儀コラム / 第148回
今、仏様に学ぶ

第148回
今、仏様に学ぶ

はじめに

今、仏様に学ぶ 仏様の教えと言うと難しい言葉が並び、とっつきにくいと思われている方が多いようです。しかし意外に日常生活に根付いた言葉もあります。 覚えて使っていくと表現が豊かになり、ユーモアも加わり、会話も広がるのではないでしょうか。 聞いたことはあるけれど、はっきり理解していない、などの教えもあることでしょう。今回は聞き覚えがある表現を取り上げました。

お許しください!

「仏の顔も三度まで」など聞いた事がありませんか?「仏の顔も三度撫でれば腹立つ」という言葉が元になっています。 こういった言い回しも実は仏様の教えから来ています。 温厚な人も無礼を重ねれば怒られる、と言う意味です。 これは仏様自身のエピソードから生まれました。 釈迦国のゴータマ・シッダールタという王子であった頃、隣のコーサラ国から「王妃にふさわしい高い身分の女性を嫁がせてほしい」との申し出がありました。 この申し出を快く思わなかった釈迦国は身分を偽った女性をコーサラ国へ嫁がせました。 騙されたと怒ったコーサラ国は釈迦国へ出兵します。 しかし、ゴータマ・シッダールタから説得され出兵を取りやめます。 3回繰り返し4回目には説得しなかったため、釈迦国は滅ぼされてしまいます。 このエピソードから、この言葉が生まれたと言われています。 また、3回まで許されると解釈している人が多いようですが、正しくは我慢も3回が限界だという意味ですので、誤解のないように。

ずっと一緒にいようね

「一蓮托生」も聞いた事がありませんか。浄土で同じ蓮の上に生まれる事を言い表しています。 「托」はよりどころとする、身をよせる意味で、托生とは仏教用語で身を寄せて生きるという意味です。 浄土の仏は神聖な蓮の花の座にいるとされており、仏像も蓮の花を台座にしています。 本来は死後も変わらぬ愛情をちぎるという意味ですが、現在はそれが転じ、「結果にかかわらず運命や行動を共にする」ことを指します。

講談師の声も高らかに

「〜盛者必衰のことわり〜」と来ると、今にも尺台を張り扇でパパン!と叩く講談師の声が聞こえそうです。平家物語の冒頭のため、聞いた事があるかと思います。 この世で盛んなものもいつかは必ず滅びるという意味です。 仏教の人生観から来ており、この世の無常さをいいます。 同じような意味で、「栄枯必衰」とも言われます。 マイナスの意味にとらえがちですが、勢いのあるものすなわち生きている人も、いずれは死を迎えるという戒めの意味です。

赤っ恥かくところでした

「釈迦に説法」という言葉をご存知ですか。仏教の教えを解いた本人であるお釈迦様に、仏教の教えを聞かせるような愚かな行為に由来します。 その道の名人に高説を垂れるという恥ずかしくて愚かな行為を意味します。 一方で相手に対して自分をへり下った言い方にも使います。 詳しい方も混じった研修会などで講師を努めなくてはいけない場合「私から教わるなど、釈迦に説法でしょうが、説明させていただきます。」と挨拶するなどがいい例でしょうか。

まとめ

袖振り合うも多生の縁という言葉をご存知でしょうか。 袖が触れる程度のちょっとした出会いであっても大切にするべきという意味です。 「多生」とは、六道を輪廻して何度もうまれかわる、「多生の縁」とは前世で結ばれた因縁のことです。 前世からの因縁であるのだから、出会いは大切にしなさいという教えです。 現代のような、直接顔を合わせることの減った時代だからこそ日々に心がけてみませんか。


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